レストランご予約

Casa CABaN HAYAMA

ご予約・空室検索

Stories

of Casa CABaN HAYAMA

Story vol.9

海と山の恵み

8, May 2026

葉山の春の風物詩

葉山に暮らす人たちが、春の訪れの季節に何よりも楽しみにしているものがあります。それが海の恵み、わかめです。港に隣接した海産物直売所や、鮮魚店の店先にわかめが並ぶ季節になると、どこか町の雰囲気が明るくなるように感じられます。寒い冬が終わりに近づき、暖かくなってきたという、うれしさも加わるのでしょうか。目に見える変化があるわけではありませんが、確かに町を包む空気が変わるのを実感できるのです。「葉山に暮らす人たちがとても大切に思っているわかめの収穫期は、私にとっても、一年で一番楽しみにしている季節です」真名瀬漁港を拠点にして、一年を通して葉山の海に向き合う漁師の畠山晶さんは、そう話してくれました。

葉山の海は、相模湾に広がる穏やかな海。入り組んだ地形の海岸線には岩礁地帯が多く、海藻類が着生しやすい環境が広がっています。そして、海岸線近くにそびえる山から地中を伝って流れ出す水は、栄養分を海へと運び、葉山の海の生態系を育んでいます。山と海が近いこの土地ならではの環境が、わかめを育ててきました。葉山のわかめには養殖と天然の2種類があります。養殖はわかめの種苗がついたロープを冬の始まり頃に海中に垂らして成長を待つというもの。天然のわかめが育つためには、わかめの胞子が着生するための岩礁の存在が欠かせません。胞子を放つ時の風向きや潮の流れといった、自然条件が奇跡的に重なり合うことで、海のなかに新しい命が芽吹きます。

冬の冷たい海のなかで、わかめは驚くほどの速さで成長します。春を迎えるころには、天然で50〜150cm、養殖では2mを超えるほどの、長くしなやかな姿へと育つのです。天然のわかめは歯ごたえがあり、力強い旨みが特徴。一方、養殖のわかめはやわらかく、口あたりがなめらか。それぞれに異なる魅力があります。採れたてのわかめは、さっと温かい出汁にくぐらせて“しゃぶしゃぶ”でいただくのが地元流の楽しみ方。褐色だった葉は、出汁の中に入ると一瞬で鮮やかな緑へと変わります。初春の朝、Casa CABaN HAYAMAの部屋から、沖の岩礁地帯に目を向けると、小舟から身を乗り出し、先端に鎌や鉤のついた長い棒でわかめを切って収穫するわかめ漁の様子を見ることができるでしょう。寒い冬の海で力を蓄え、春に向かって一気に育つ、わかめという海からの贈り物が、季節の移ろいを教えてくれます。

循環の物語を味わう

海岸線から山のほうへと向かうと、景色は少しずつ表情を変えていきます。潮の香りが少しずつ遠くなり、代わりに緑の匂いが濃くなってくるのです。葉山の山で野菜作りと、牛の繁殖と肥育を手がける石井ファームは、この地で11代にわたって営みを続けてきました。石井ファームの考え方は、驚くほどにシンプルで明確。「当たり前のことをするだけなんです」と石井裕一さんは語ります。「具体的には、牛にとってストレスになることはしない。良いものを食べ、よく眠り、穏やかに過ごしてもらうということですね」そうした環境のなかで育つ牛は、どこか落ち着いた雰囲気をまとっています。

「当たり前のこと」を実現するための石井ファームの取り組みは、手間と時間のかかることばかりです。牛たちが食べる飼料は60%が食品残渣で、おから、酒粕、ビール粕、小豆の粕や米などの、厳選された16種類を組み合わせたもの。主に神奈川県内の近隣から集められています。米問屋から届く精米時に割れた米は、わざわざかまどで炊いて、発酵させてから牛たちに与えているそうです。また、長期肥育にも取り組んでいます。一般的な国産和牛が大体28ヶ月で出荷されるのに対して、石井ファームでは36ヶ月肥育という自社規定を設けています。長く飼うためにはコストがかかりますが、飼料となる食品残渣を近隣から時間をかけて集めることで、コストを抑えた長期肥育を可能にしています。そうして時間をかけて育てることで、肉の旨味はゆっくりと深まっていくといいます。

牛たちが食べたものは糞尿として排出され、おがくずと混ぜて発酵させることで堆肥化し、土へと再生します。微生物を豊富に含んだ石井ファームの堆肥は、周辺の農家に求められるだけではなく、牛舎の床にも無菌のおがくずと一緒に混ぜて敷き詰められます。腸内環境が整った牛の糞を発酵させた堆肥は、豊富に菌類を含んでいるため、糞の分解が働き、嫌な臭いがほとんどしません。石井ファームでは、2017年に県内の肉用牛牧場で初めて食品衛生管理の国際基準「HACCP(ハサップ)」を取得。さらに、2023年には、先代たちがつくり上げた組合から抜け、より独自の研究を深めて、進化した肉牛生産に取り組んでいます。

Casa CABaN HAYAMAメインダイニングのシェフは、そんな石井ファームの真摯な牛への向き合い方に、深い敬意を寄せています。石井ファームの牛肉はていねいに扱われ、一皿の料理へと仕立てられます。そこには、葉山という土地の時間と風景、そして命と自然の循環の物語が、重なっています。その土地で育ったものを、土地の空気や香りを感じながら味わうこと。地産地消が何よりも美味しく、贅沢なことだというのは、当たり前のことかもしれません。石井ファームの牛肉は、そんな「当たり前のこと」の価値に気づかせてくれるのです。

葉山町上山口の緑豊かな山に抱かれた石井ファーム。