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Story vol.11

葉山の夏

6, July 2026

夏にだけ現れる海の家

季節ごとに表情を変える葉山の海に本格的な夏の訪れを告げるのが、砂浜に姿を現す海の家です。 ノスタルジックな昭和の風情を残す佇まいから、リゾートの心地よさをまとった空間まで。多様な海の家が波打ち際に並ぶ風景は、葉山の夏ならではの風物詩です。長者ヶ崎、大浜、一色、森戸という4つの海岸は、それぞれ地形も自然環境も異なるため、そこに流れる空気感もまた、海岸ごとに独自の彩りを持っています。

Casa CABaN HAYAMAのある森戸海岸でひと際目を引くのが、美しい竹の建築がオーガニックな温もりを放つ海の家『OASIS』です。 1981年、葉山に暮らすアート関係の仲間たちが中心となって生まれたこの場所は、今も当時と変わらぬ精神を受け継いでいます。「毎年設計を変え、オープンまでの1カ月で、自分たちの手でつくりあげるんです」 そう語るのは、オーナーの一人であり、森戸海岸海水浴場協同組合の代表理事を務める土川雅章さん。『OASIS』の建材として用いるのは、手入れが必要な葉山周辺の山に入り、スタッフ自らが切り出してきた丈夫な竹。地元の自然素材にこだわり、自らの手で空間を編み上げるそのスタイルは、全国のビーチカルチャーにも影響を与えてきました。

『OASIS』をはじめとした各海岸の個性豊かな海の家では、定期的にイベントが開催され、店ごとに異なる趣向を凝らした食やお酒に出会えるのも魅力です。夏の葉山の海辺はマリンアクティビティを楽しむだけでなく、新たなカルチャーが生まれ、交差する場所にもなるのです。 潮風に吹かれながら、個性豊かな海の家で過ごす夏の夜のひととき。それは、ホテルでの静謐な滞在に、鮮やかな記憶を添えてくれることでしょう。

海水浴と海の家。そのはじまり

明治20年頃から外国人が居を構え、のちに御用邸が建てられて以来、各界の名士たちが集い、保養地としての文化を育んできた葉山。この地における人と海との関わりは、「潮湯治」と呼ばれた医療目的の養生から始まりました。温泉で心身をととのえる湯治のように、海水に浸かって自然の治癒力を取り入れる「潮湯治」。その歴史をひもとけば、平安時代にはすでに「浴み(あみ)」という名で行われていたといいます。「海水浴」という言葉に「浴」の字が使われていることからも、そのルーツが窺えます。 明治天皇の侍医であったドイツ人医師エルウィン・フォン・ベルツ博士が、葉山を理想的な保養地として見出した背景にも、穏やかな波と豊かな山に囲まれた環境、そして予防医学の観点から見た海水浴の効能への確かな期待があったのでしょう。

海の家の起源も、潮湯治に訪れた人々が身を調え、休息するための簡素な小屋に遡ります。時代とともに姿を変えながらも、そこには保養の地としての歴史が連綿と受け継がれてきました。 窓も壁もなく、心地よい海風が吹き抜ける海の家。波の音に耳を傾け、海辺に漂う時の流れに身を委ねる。葉山の海辺で感じる言葉にならない心地よさは、古くからの「癒しの記憶」が、今も息づいているからなのかもしれません。

夜空に響く盆踊りの音色

8月13日、入り盆の夕暮れ時。部屋の窓の向こうから、盆踊りの太鼓の音や歌声が風に乗って聞こえてくるでしょう。お盆の時期に帰ってくる先祖の霊を迎え、慰めるために踊り継がれてきた盆踊りは、日本の夏を象徴する美しい風物詩です。

「森戸の浜の盆踊り大会」の夜、森戸海岸はひときわの熱気と賑わいにあふれます。その中心にあるのは、場をひとつにする音楽の力。砂浜に組まれた櫓の下で盆踊りの曲を生演奏するのは、葉山に暮らすミュージシャンたちによるバンド「葉山盆楽団」。彼らが生み出すグルーヴが、夜の海辺を心地よい一体感で包みます。 「葉山、葉山、葉山音頭で輪になって踊ろ」。そんな「葉山音頭」の歌詞の一節の通り、櫓を囲む踊りの輪は波のようにうねり、時間を追うごとに大きな広がりを見せていくことでしょう。森戸海岸の盆踊りは昭和30年代から続いていましたが、平成に入る頃に一度途絶えていました。それを、海の家『OASIS』のスタッフが中心となって復活させたのです。2016年からは現在の生演奏のスタイルとなり、さらに多くの人々を引き寄せるようになりました。

そして迎える、8月16日の「送り盆」の夜。暗がりの海には、死者の魂を弔う「灯籠流し」のほのかな明かりが浮かびます。波間に揺れる灯籠と海の家からこぼれる暖かな光。それらが夜の海と織りなす情景は、葉山の夏が魅せる美しい瞬間のひとつです。夏の間だけ姿を現し、季節の終わりとともに砂浜から消えてゆく海の家。いつもの静かな海岸へと戻ったとき、その儚さこそが、夏の葉山をこれほどまでに輝かせているのだと気づかされるのです。

参考文献:
『葉山 高質なスロースタイルブランドの実践』(芙蓉書房出版刊)
日本レジャー・レクリエーション学会HP